10 イエスは彼に言われた。「水浴した者は、足以外は洗う必要がありません。全身きよいのです。あなたがたはきよいのですが、みながそうではありません。」(ヨハネの福音書13章10節)
イエスキリストが捕えられ、十字架にかけられる直前の出来事をヨハネは13章から17章まで、全部で5章を費やして描いています。今日の聖書箇所は、イエスキリストが弟子たちの足を洗う場面です。
イエスキリストを信じ受け入れるとき、その人は聖霊によってきよめられます。そのことをイエス様は「水浴した者は、足以外は洗う必要がありません。全身きよいのです。」と語りました。信仰と恵みによって義とされるということと同じです。
一方で、きよめられたものも、日々の歩みの中で罪を犯したり、心や思いが汚されます。日々きよめられ、イエスキリストの似姿に近づいていく必要があります。そのために必要なのが互いに足を洗い合うことです。つまり、私たちが互いに祈り合い、助け合い、みことばを分かち合い、励まし慰めあうことが必要なのです。
このことをイエスキリストは弟子たちに示すために模範をしましました。13章1節に「世にいる自分のものを愛されたイエスは、その愛を残るところなく示された」とあります。十字架の直前にイエスキリストがなされたことは、弟子たちにご自身の愛を最大限に示すことでした。その中には、自分を裏切るユダも含まれていました。イエスキリストはそのことを知っていて、なお愛を示されたのです。人間にはできないことです。無条件にその愛を注がれるイエスキリスト、これこそ神の至高の愛であると思います。