42 しかし、それにもかかわらず、指導者たちの中にもイエスを信じる者がたくさんいた。ただ、パリサイ人たちをはばかって、告白はしなかった。会堂から追放されないためであった。(ヨハネの福音書12章42節)
イエスキリストは公生涯の中で、いわゆる奇跡の御業を言われる多くのしるしを行なってきました。しかしそのイエスキリストを信じる者は決して多くはなかったのです。一方42節によると、信じる者たちも起こされました。しかし彼らは、ユダヤ人共同体から追放されることを恐れて、告白はしなかったと書かれています。そして続く43節には、「彼らは、神からの栄誉よりも、人の栄誉を愛したからである。」とあります。
心の中だけでイエスキリストを信じることも、もちろんそれは大変貴重なことであると思います。しかしこの聖書の記述によれば、真の信仰は必ず告白に導かれる、つまり外に現れるものであることを語っていると思います。信仰を告白すれば、それに対する迫害や妨害、信仰を捨てるように迫る脅迫などが生じます。しかし真の信仰は、そのような迫害、妨害、また脅迫などが生じれば生じるほど、強くなっていくこともまた真実です。
イエスキリストは「自分が話すことは、父なる神様が自分に語るように命じたことである」と言われました。イエスキリストの生き様はそのまま父なる神様を証していました。私たちもまた、自分たちの生き様がそのままイエスキリストを証するような信仰生活に少しでも近づきたいと思います。