「聖書が成就するために」(ヨハネの福音書19章23―30節)

28 この後、イエスは、すべてのことが完了したのを知って、聖書が成就するために、「わたしは渇く」と言われた。(ヨハネの福音書19章28節)

今日の聖書箇所の中に「聖書が成就するために」というフーレーズが2回出て来ています。イエスキリストが十字架にかかって死なれることは、あらかじめ聖書が預言していることでした。

23節から24節に、キリストが十字架の上で苦しんでおられる時に、兵士たちがキリストの着物を分け合い、下着を誰のものにするか決めるためにくじを引く様子が描かれています。このことも、実は聖書において預言されていたのです。

聖書に預言されていたということは、父なる神様のみこころとして明確に示されていたということです。イエスキリストは私たちを愛し、私たちを罪から救うために十字架への道をまっすぐに歩まれたのですが、それだけではなく、父なる神様のみこころを行うために、つまり父なる神様を愛するゆえに、十字架への道を歩まれたのです。

イエスキリストは単にユダヤ人やローマ帝国の手によって殺されたのではありません。私たちの罪のために仕方がなく死なれたのでもありません。父を愛し、私たちを愛するゆえに、自ら進んでご自分の命を捧げられたのです。

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