「従順のいけにえを捧げる」(民数記3章1―13節)

4 しかしナダブとアビフは、シナイの荒野で主の前に異なった日をささげたとき、主の前で死んだ。彼らには子どもがなかった。そこでエルアザルとイタマルは父アロンの生存中から祭司として仕えた。(民数記3章4節)

以前は行われなかった人口調査が、民数記3章で、レビ人に対して行われています。彼らは幕屋の奉仕をするために選ばれた部族であったのです。そして4節で、アロンの二人の息子が主の前に死んだことが記されています。レビ記10章にこうあります。

1 さて、アロンの子ナダブとアビフは、おのおの自分の火皿を取り、その中に火を入れ、その上に香を盛り、主が彼らに命じなかった異なった火を主の前にささげた。2 すると、主の前から火が出て、彼らを焼き尽くし、彼らは主の前で死んだ。(レビ記10章1−2節)

アロンの子ナダブとアビフは、神様が命じなかった異なった火を主の前に捧げました。する、主の前から火が出て、彼らを焼き尽くしたのです。彼らは、主が命じられたことではなく、自分たちの思いのまま捧げたため、神様に打たれてしまったのです。

私たちが神に仕えるとき、また神のために奉仕をするとき、最も求められるのが従順であることです。自分の目にどんな素晴らしいことであっても、正しいことであっても、また良いことであっても、それが神様に従っているのでなければ、それは神を悲しませることになるのです。真の信仰は従順を生み出します。表面的な行いではなく、まず自分自身が従順な心を持っているのかを吟味したいと思います。

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